about "Jam Ka"
越境するギタリスト小沼ようすけ
クレオール・ジャズとの出会い、発展
カリブ海の島々は、それぞれ独特の文化を持っている。島で発達したリズムも異なっている。英国領のジャマイカではレゲエ、スペイン領のキューバ、ドミニカ共和国ではサルサ、アメリカ領のプエルトリコもまた独特のラテンポップスを生み出してきた。そのような中でフランス領のグアドゥループ、マルティニークの音楽については、ほとんど全く知られてこなかった。カリブの島の黒人奴隷のストーリーは、アメリカと酷似していて、その音楽の発展もアメリカ南部のそれと同様の経緯を辿っている。無造作にアフリカ全土から集められた奴隷たちは、一口に「黒人」として括られたのだが、実際のところ、異なる言語を話し、意思疎通が全く取れなかった。彼らはやがてマスターの目を逃れて森の中に逃げ込み、太鼓や踊り、歌でコミュニケーションを図るようになっていく。アメリカ南部でブルースが発展した過程と全く同じである。ただ、カリブの島々は、それぞれ独立した島であったために、島同士のコミュニケーション手段は皆無で、小さい島のなかでそれぞれ独自の発展をしていった。ジャマイカはアメリカからのラジオ放送を受信することができて、ラジオから流れるブルースに影響されてレゲエが発展していったらしい。英国アイランド・レコード社長であったクリス・ブラックウェルがジャマイカ出身で、ボブ・マーリーを見いだしたことなどもレゲエの浸透に影響している。北米大陸から比較的離れているグアドゥループにはそのような機会はなく、クリス・ブラックウェルのような存在にも恵まれなかった。グアドゥループは孤立した島のなかで、独自のグルーヴを発展させていった。
グアドゥループで発展したリズムは“グォッカ”と呼ばれ、グアドゥループ島では当たり前に親しまれている。アフリカン・ジャンベを世界に広めた最重要人物ママディ・ケイタから直接聞いたところによると、“グォッカ”は「ジャンベの弟」のようなものだそうだ。kaと呼ばれるグォッカで使用されるパーカッションはジャンベと形が酷似している。アフリカン・ジャンベがジャンベ、ドゥンドゥンなど五人編成が基本フォーマットであるのに対して、グォッカはパーカッション二人で構成される。今作でもオリヴィエ・ジュストとアーノウ・ドルメンの息のあった2人によるシンクロするパーカッションサウンドを聞くことができる。グォッカには基本となる7つのリズムがあり、現代のグォッカ・マスターたちはその7つを基に独自のリズムを曲によって開発する。「Jam Ka Deux」でもソニー・トルーペは曲にあったリズムパターンをレコーディング時に創作していた。
Sonny Troupé & 小沼ようすけ
7つのリズム
・トゥーンブラック(幸せ、愛、良いムードの表現)
・カランジャ(心の痛み、哀しみ)
・ウレ(マニオク(芋の種類)を育てる時に使われていたリズム)
・パッジョンベラ(クレオール版ワルツ)
・メンデ(速いリズム。逃避とパーティ。カーニバルの誘い)
・ガラージ(トゥーンブラックよりも遅いリズムで、サトウキビの収穫をイメージ)
・レウォーズ(基本リズム。リズム名はkaに敬意を表して名付けられた)
ジャックはユダヤ人作家アンドレ・シュワルツバルトと、グアドゥループ出身の歴史家シモーヌとの次男として生まれ、幼少期をグアドゥループで過ごした。シモーヌの話では、幼い頃から感受性が高く、音楽に並々ならぬ興味を示してギターを好んで弾いていたという。ジャックは、長じてハーバード大学、オックスフォード大学と肩を並べるフランス屈指のエリート養成校パリ政治学院を卒業し、国会議員秘書として政界のキャリアをスタートさせたものの、クリエイティヴな活動に目覚めて23才からサックスを始めたという変わり種である。29才の時に秘書を辞して、バークリー音楽大学に留学。卒業後、ディアンジェロ、ミシェル・ンデゲオチェロ、エリカ・バドゥ、エリック・ベネイなどのツアー、レコーディングで頭角を現し、ロイ・ハーグローヴ率いるRH Factorにオリジナルメンバーとして参加、ステファニー・マッケイ(vo)をフィーチャーした第一弾シングル“Forget/Regret”で、その才能が注目された。後にRH Factorを脱退し、母方のルーツを探求したリーダー作「ソ・ネ・カラ」をユニバーサル・フランスから、続編「アビス」をドレフュスからリリースした。現在は、母校バークリー音楽大学助教授として教鞭も執っている。母シモーヌは、人類の起源をアフリカに辿る“ブラック・イブ”説を検証し、膨大な資料に基づく4巻の図鑑を監修した歴史家であり、詩人、夫との共著など様々な作品を残している。今作では、「ジャム・カ・ドゥ」のコンセプトにインスパイアされて三日間で書き下ろしたオリジナルの詩「プルクワ」の朗読も担当している。
小沼ようすけは2003年、RH Factor初来日の折にジャックと知り合い、西麻布のクラブYELLOWでセッションを行っている。翌年には、TOKU、日野賢二、百々徹、FUYUと共にニューヨークでジャックをゲストに迎えてライヴも行った。小沼は旧知の仲であったジャックのアルバム「アビス」収録の「ドゥロ・パン」を聞いて激しくインスパイアされた。「グォッカのリズムは、他のカリブ海のリズムと全く違います」と小沼は言う。「サルサやレゲエ、もしくはブラジルのボサノヴァも含めたラテンミュージックはリズムの個性が強く、演奏するとそのジャンルに括られてしまいますが、グォッカはもっと自由で、プリミティヴなグルーヴの自己主張がありながらもジャンルとしては他のラテンミュージックほどアクが強くなく、現代ジャズのなかに自然に溶け込んできます。当時、湘南に移り住んでサーフィンと出会い、職住一致の生活から生み出された「ビューティフル・デイ」をリリースしたばかりで次の動きを模索していた僕にとって、ジャックの試みているグォッカとジャズのブレンドはとても魅力的に見えました」小沼は自らイメージするジャズ、グルーヴ、サーフィン、自然、などのキーワードが渾然一体となって形成される自分だけの音楽の在り方を模索していた。それがグォッカとの出会いによって急速にシェイプされていくこととなった。小沼はジャックと共に2010年に「ジャム・カ」を制作・発表した。
2016年、小沼は満を持して「ジャム・カ・ドゥ」の制作に入った。deuxはフランス語で「2」の意味。ミキシングとマスタリングは「ジャム・カ」同様、NY在住のエンジニア、デイヴ・ダーリントンが担当している。チームで作るサウンドというのもジャム・カ・シリーズの魅力のひとつだ。
今作参加のドラマー、アーノウ・ドルメンによると、“クレオール・ジャズ”という言葉が、現在フランスではポピュラーになってきており、数多くの優れたミュージシャンが登場しているという。その中の一人であるマルティニーク出身のグレゴリー・プリヴァは、そのエレガントで強烈なインプレッションを残すタッチが魅力的な、クレオール・ジャズのリーディング・ピアニストである。グレゴリーは小沼が「ジャム・カ」をリリースした2010年にはまだデビューしていなかった。ソニーとグレゴリーは2014年にデュエットのアルバムをリリースしており、フランス国内でも非常に注目を浴びている。日本ではまだまだだが、実際にフランス国内のジャズリスナーでグレゴリーとソニーの名前を知らない人はほとんどいないというほどだ。今作でも2曲で、小沼+ソニー+グレゴリーの美しいトリオ・アートを聞くことが出来る。
セネガル出身のギタリスト、エルヴェ・サムは、ソニー、「ジャム・カ」のベース奏者であるレジー・ワシントンと共に、現在、リサ・シモン(ニーナ・シモンの娘)のレギュラーバンドとして活動している。エレクトリックもアコースティックも弾きこなし、ジャズからロック、マヌーシュ、アフリカンフィーリングへと越境する他に類を見ないギタリストだ。
Rh Factor、Five Elements、etc.. 革新的なグルーヴジャズシーンで大活躍。
グルーヴマスターと言われる彼の太いベースサウンドはグオッカのリズムと現代のジャズハーモ二ーを繋ぐ大事な要素。
前作に続いて登場するジョー・パワーズは、前回はニューヨークに、今回はパリに同じタイミングで滞在していたという偶然から参加に至っている。「それなら1曲やろうか」という軽いノリで参加したジョーは、グォッカとジャズをテーマにしたジャム・カにとって異分子でありながらも、前作の「フライウェイ」、今作「フェローズ」など、予期せぬ絶妙なスパイスをジャム・カ・サウンドにもたらしている。
今作収録曲はすべて魅力的な曲だが、特に「モアイズ・ティハイ」のソロでの型にはまらない自由なインプロヴィゼーション、「ジ・エレメンツ」のアンサンブルの美しさ、「ティ・ポンシュ」のすべてにおいてで、小沼は新たな境地に到達している。フレットレスギターを用いた「デュオ・カ」、1人ループ多重録音の「グラデーション・パート3」、リラックスしたブルース・セッション「フェローズ」、アーノウが歌う「ソンゲ・ムウェン( I Remember )」など、他の収録曲も表現の幅が広い。ギターヒーロー然とした我を押し通すことをクールとしない、ギターを表現手段とした音楽家=小沼ようすけのトータルな世界観が表現されている。この世界観は「変容するブルー」を表現したアートワークにも同時に示されている。
今作は、小沼ようすけのデビュー15周年を記念して設立されたプライベート・レーベル「Flyway LABEL」よりリリースされる。フライウェイは「渡り鳥の空路」という意味で、レーベル名は海洋民族である日本人小沼洋介が、太平洋、大西洋を越えて、様々な世界と結びついていく心意気を表現している。
松永誠一郎 in New York Sep. 11th, 2016